戦場のヴァルキュリア1はPS3でしたが、戦場のヴァルキュリア2と3は、PSPです。1をクリアした頃から、2と3をプレイしたかったのですが、PS3で販売されていなかったので、あきらめていました。わざわざこのシリーズをやるためにPSPをやるほどの熱意はありませんでした。しかし、今回、軌跡シリーズをプレイするためにPSPを購入したので、一緒に購入することにしました。
 まず、最初にプレイしたのは、2でした。1の2年後の世界が舞台です。主人公もウエルキンではなく、アバンという新キャラクターになっています。前作のエンデイングでは、コーデリア姫がダルクス人である事を告白しても、多くの国民が受け入れたとされています。反乱が起きたという描写はありません。
 それなのに、2では、これをきっかけに反乱がおきています。「あれ!?矛盾するのではないか?」と思ってしまいました。
 そのうえ、ガリア国民にどういう説明の仕方をしているのか不明なのです。ダルクス人である事を説明したのはわかりますが、肝心のダルクスの厄災について説明を一切していないと思われます。
 ダルクスの厄災とはダルクス人が差別される原因となった事件です。ダルクス人は、かつて強大な力を持ち多くの町や人を焼き滅ぼそうとしました。しかし、その時ヴァルキュリア人がやってきてます。聖なる槍と聖なる盾を使いダルクス人を倒し、世界を救いました。この世界の征歴は、厄災の年が基準となって作れたものです。ダルクス人は、この時の罪のせいで、姓を奪われています。イサラのみが、ダルクス人でありながらギュンターの姓を得ていますが、これは、ガリア国の英雄であるベルゲン・ギュンターの養子になったからで、作中唯一の例外です。
 実は、ダルクスの厄災とは、ダルクス人が起こしたものではなく、ヴァルキュリア人が起こしたものでした。ヴァルキュリア人は、全ての罪をダルクス人に着せたのでした。歴史は勝者によって作られるという言いますが、まさにその通りです。ダルクス人には何の罪もないのに、約2000年もの間、被差別民族になっていたのです。
 ダルクスの厄災の真実を話していないのなら反乱がおこってしまうのも、仕方がない事です。こういう告白をする時は、それなりの準備をしておかないといけませんが、その準備を怠ってしまったようです。
 この2には、前作の主人公とヒロインも出ています。ですが、戦争には参加せずに、一般人として、普通にパン屋をやっています。本来なら、かつて国を救った英雄として再び戦場に行かなければならないというのに・・・。戦う事から逃げているとしか思えません。
 そのうえ、二人は英雄として知られているのに、なぜかアリシアはヴァルキュリア人だという事は、ランシール士官学生どころか反乱軍のボスすら知らないという有様。どう考えても不自然な設定です。
 2は、戦争ものと学園ものを無理に一緒にしようとしたので、無茶苦茶な設定になってしまっています。この作品の魅力の一つは、ヴァルキュリア人という存在ですが、その存在をを作ってしまったが為に、続編を作りにくくなっている気がします。
 




戦場のヴァルキュリア リマスター 新価格版 - PS4

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  • 出版社/メーカー: セガゲームス
  • メディア: Video Game